子供たちの表情を観ていると、同じ子供なのかと思えるほど、表情が違う時があります。何かに心を奪われている時の表情は、能面のように表情を失い、作業に入ります。このモードに入っている時には、ほとんど何も聞いていないのと同じ状態になります。
顔はこちらに向けていますが、集中しているわけでありません。彼らは、心を遮断して、問題を正解にすることだけを行うマシーンと化してしまいます。マザーアップルズは、何年もこの状態の子供たちを観続け、彼らが成長したとき、そこに気づきのある人生を送ってほしいと、願い続けてきました。実は、彼らをその状態に追い込んでいる原因は、他ならない私たち講師の側にあるのだということを、ありとあらゆる技術的手法も試しながら、同時に、自分たちの意思の方向のずれを、一つずつ変化させていくことで、感じようとしてきました。もちろん、彼らの現在おかれている環境によるものも、大きいでしょう。しかし私は、どうしても将来ある彼らの人生が、より素晴らしいものになることに、良い影響を与えたいと願い、諦めきれないのです。
自分では、子供に対して固定観念を捨てているつもりでも、私たち大人は子供の能力を疑い、出来ない人間であると決めてしまいます。相手は、こちらが決めた通りの子供になるのです。もし、目の前の子供が自分に反感をもっているのではないかという、疑いを少しでも感じたら、それは自分自身が相手に対して反感を持っているのです。
過去、あの先生が嫌だと言われたことが多々ありますが、そのほとんどは、講師の側に子供たちの中に踏み込めない境界線をおいている時なのです。「こんなことを言ったら嫌われる」とか「厳しくしたら嫌がられる」とか、妙な遠慮を持っています。講師自身が、妙な自己保護に無意識に入っているのです。だからと言って「厳しくしなければならない」とかいう方法論が言いたいわけではありません。生徒のためと言いながら、自分自身がかわいい講師は、必ずばれてしまいます。心の汚さは、外から見てはっきりとわかってしまいます。言葉をどんなに飾っても、目の前の能面をした子供の顔は、実は自分自身の顔であることのほうが多いのです。
例えば、初めてあってとても怖い印象を受けたら、なかなかその悪い印象を消すことが難しいように、講師自身が、相手に対して抱いた悪い印象は、自分自身が相手に見せている態度をずっと、高圧的な態度へと変えてしまっているとは、自分ではまったく気づかないのです。自分に原因があるのに、子供のほうが自分に悪い感情を抱いていると、思いこんでしまいます。
子供も大人も、人からどう思われるかに意識を奪われたとき、集中することが出来なくなります。私たちは、その心の動きに気づいたとしても、さらにそこに、遠慮という一見、良い行動をとります。私たち大人は、自分がどんな言葉で相手に話し、どんな行動をとっているかは考えもせず、相手の言葉、表情、態度にはすぐ反応し、プロ級で、相手の悪さを判別し、批判しているのです。
|
マザーアップルズ<NEWS/正しい間違い/素直な気質を育む/意志の方向/感性を磨く/無意識行動/解決方法/歩み/関係性の病>
<幼児/未就学児童/小学生/中学生/高校生/刈谷/高浜/安城/碧南/半田/東浦/刈谷市/高浜市/安城市/碧南市/半田市/知多郡東浦町>